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吉岡学長(立教大学総長)による式辞

立教セカンドステージ大学新入生の皆さんへ(2017年度入学式)

2017年4月1日
立教大学総長
立教セカンドステージ大学学長
吉岡知哉


この春、立教セカンドステージ大学本科に入学される91名の皆さん、そして専攻科に進学される49名の皆さん、おめでとうございます。

皆さん方の中でかつて大学に通われた方は、どの学部に所属しているかにかかわらず、1、2年生の時には「一般教育科目」とか「一般教養科目」などと呼ばれる科目群を修得したことと思います。国立大学など、専門学部に所属する以前は全員が教養学部という学部に所属して、3年生になってからそれぞれの専門学部に進学するという形のところもありましたし、1、2年生の時は専門学部とは異なるキャンパスで勉強した経験をお持ちの方もあるだろうと思います。
当時、一般教育科目では、自然科学系、社会科学系、人文科学系の3つの分野の科目群と語学、スポーツと保健体育を一定の単位数、修得する必要がありました。実際には広くて浅い入門的な講義だけで、自分の関心に全く合わないまま、かろうじて単位だけとった、という科目も多かったのではないかと思います。

内容が面白かったか、あるいは本当に勉強したかどうかは別として、このような制度の背景には、専門の知識を得るためには、基礎となる教養がまず大切だという考えがありました。
この考え方は、遡れば、12世紀から13世紀にヨーロッパで大学が生まれて来た時期のリベラルアーツを起源としています。リベラルアーツは、ギリシャ・ローマ以来の学問の伝統を受け継いだ基礎科目群で、文法、修辞学、論理学の語学系3科と、代数学、幾何学、天文学、音楽の数学系4科目の、計7科目から成り立っていました。語学系3科目は、真理が書かれた書物を読み解く技能、数学系4科目は、神が創造したこの世界の秩序を読み解く技能を修得するためのものでした。
天文学と音楽とが、代数学、幾何学と並んでいるのは不思議に思われるかもしれませんが、天体の運動も音楽も、法則的で調和ある世界の秩序を表現していると考えられていたのです。天体の運動が、妙なる音楽を奏でている、という説をご存知の方もいることと思います。
当時の学生たちは、これらの基礎的な知識と技能を身につけた上で、神学、医学、法学といった専門科目を学んだのです。

リベラルアーツは、さまざまな専門領域の共通の基礎をなす知の技法の体系であると同時に、個々の専門知識が人間の知識全体の中でどのような場所に位置づけられており,他の専門知識といかなる関係を持っているのか、つまり知識の意味を知るための知識、知識のための知識という性格を持っています。
そして、世界の仕組みを知り個々の知識の相互関係を把握することは、とりもなおさず、自分自身を振り返り自分の知識の境界を意識すること、そしてさらに世界全体のなかにおける自分の位置を知り、自らの存在意義と役割とを自覚することでもあります。

リベラルアーツという英語は、日本語に訳すと「自由の技法」、やや意訳すると「自由人であるための技法」という意味です。ここで言う自由は古代ギリシャ・ローマに遡る自由、すなわち身分として奴隷や召使いでなく、みずからが所属する政治社会の構成員、つまり自立した市民が有する権利と義務、そしてそれを担う資格と能力を意味しています。リベラルアーツは「良き市民」として生きるための実践的な体系でもあったのです。

同時に、この自由は、世俗の権威・権力からの自由でもあります。初期の大学が、都市の自由とともに発達してきたことはご存知のとおりです。
またこれが、「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」という、『ヨハネによる福音書』8章32節の有名なことばと響きあっていることを指摘することもできるでしょう。

戦後日本の高等教育において、教養教育の考え方は、戦前の旧制高校以来の伝統と、アメリカによる戦後の教育改革によって制度化されていました。確かに、大学生の数が限られていて大学卒業生が社会の中の限られたエリート層を形成していた時期には、大学の卒業生には学問の世界の全体像や社会全般の仕組みについての知識が求められたと言えるでしょう。しかし高度成長期以降は、一般的な教養よりもむしろ一定の専門的知識と技能を持った新卒者が求められるようになっていきます。その中で教養教育が次第に形骸化していったことは、皆さんがご存知の通りです。

1991年、大学設置基準の大綱化と呼ばれる大きな法改正によって教養科目群と専門科目群との履修上の区別がなくなり、学生は卒業までに124単位を取得することだけが規定され、カリキュラムの編成はそれぞれの大学に委ねられることになりました。学問分野において新たな分野が生み出され、社会の側でも産業構造が大きく変化していました。社会の中での大学の役割や大学に対する期待、学生のニーズも変わり、その中で多くの大学では専門教育を重視して1年次から専門科目を展開するようになりました。教養教育の位置づけはますます弱められていったのです。

このような流れの中にあって、立教大学は創立以来のリベラルアーツの伝統を踏まえ、語学を含むいわゆる教養科目群を、各学部で展開する専門科目群と併行して4年間の学生時代全体を通して履修する「全学共通カリキュラム」、略称全カリを発足させました。昨年度からはこの全カリの体系をさらに進め、専門科目群と教養科目群の区別自体を相対化し、ボランティアや海外研修を正課授業に取り込み、課外活動をも視野に納めたRIKKYO Learning Styleという新しい体系をスタートさせています。

さて、立教セカンドステージ大学に入学して来た皆さんに、学部レベルの改革の進行についてお話ししてきたのは、単に皆さんが学部で展開されている全学共通科目の一部を履修することができるという理由だけからではありません。言うまでもなくそれは、立教セカンドステージ大学がこのような立教大学のリベラルアーツの伝統をなす考え方のもとに成立しているからです。

近年、リベラルアーツの重要性があらためて強調されるようになって来ました。新聞でも、リベラルアーツの文字を目にすることが増えています。同時に、リベラルアーツを専門以前に学ぶ科目としてではなく、学問全体、人間の知的世界全体を見渡し、多様な専門知識を全体の中に位置づけたり、異なる分野の知識の接点からあらたな知識を生み出すための技能としてとらえる見方が進んでいます。その観点からは、リベラルアーツはむしろ、一定の専門性を前提として、教育課程の後期になってから展開される必要があるということになります。現に大学においても、リベラルアーツ教育を高学年になってから展開する必要が論じられています。
背景には、専門分野の細分化と、既存の領域を超えた新分野の創生という、一見矛盾する事態が加速しているという状況があると言えるでしょう。その中で、立教大学が全カリを通じて進めて来た「専門性に立つ教養人」という考え方が広がって来たと言っても良いかもしれません。
しかし、先ほどの述べたリベラルアーツの本来の性格を考えると、このようなリベラルアーツの一種の「復権」は、むしろ必然的なものであると言えるのではないでしょうか。

立教セカンドステージ大学は、半世紀以上の人生を歩み多くの社会経験を積んだ皆さんが、自分の経験と知見とを振り返って言語化し、それを共有財産として社会に還元し貢献することをその主たる目的としています。それはまさに世界の中における自分自身の位置と役割を自覚するという、リベラルアーツの考え方に基づくものです。
そしてそれは、これまでの自分の歴史を通じて形成された自分自身を知ることであるという点で、古代ギリシャの聖地デルポイの神殿に掲げられた、「汝自身を知れ」という言葉の実践でもあるのです。ホームページの学長挨拶でも述べたように、「自分自身を知る」ことは人間の知の普遍的な目的にほかなりません。

皆さんはこれから立教セカンドステージ大学の学生として、主に池袋のキャンパスで授業を受け自分のテーマに沿った勉強をすることになります。その際、最も頻繁に通うことになる施設の一つが池袋図書館だろうと思います。
池袋図書館は2012年11月に全面開館した、日本でも屈指の大学図書館で、図書館建築としても、「第30回日本図書館協会建築賞」や「2014年度日本建築学会作品選集新人賞」を受賞しています。(*)
その池袋図書館のメイン・エントランスの上方に陶板のモニュメントが飾られてあり、そこにギリシャ語で「グノーティ・セアウトン」、先ほど述べた「汝自身を知れ」という言葉が記されています。図書館利用の際にご覧いただければと思います。

「自由の学府」立教大学は皆さんを心から歓迎いたします。
立教セカンドステージ大学へようこそ。

(*)設計者は原田由紀氏。(株)日建設計設計部門設計主幹(当時)。
・「池袋図書館の設計を語る」図書館広報「Your Library」No.23。(http://library.rikkyo.ac.jp/yourlibrary/archives/no82.pdf
http://www.rikkyo.ac.jp/news/2014/08/15003.html
https://www.aij.or.jp/jpn/design/2014/data/2014-award_HARADA_rikkyo_dtd.pdf
https://www.youtube.com/watch?v=-XDw0ZaWFck&feature=youtu.be

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